今日はずいぶんと昔にお世話になった女性が見えました。
私と同じくらいつらい人生の荒波を受けた方です。
私もそうありたいと思うくらいこまやかで優しい方です。
待合室のほうでにぎやかな声がしてきました。
いつも明るく元気なお母さんもきていました。
その方も久しぶりにお会いできたとのことで喜び勇んでご自身の子供さんのお話しをされていました。むかしお世話になったそうです。
お会い出来たから、お世話になったから、
まっすぐな元気なお母さんだからこその行動ですが、
みんな同じように人生がスムーズに流れているわけではないことをご存じありません。
知っていたとしてもあえてその傷に塩を塗りこめるようにご存知ないかのようにふるまわれます。(私にはそう見えた。自分の立ち位置を少しでも優位にせんがため?)
努力家で、頑張り屋さんで、ある程度お元気で、
御主人もご健在、子供さんみんな立派に育ちました。
田舎に住む事情をもつ何かしら脛に傷を持つ住民とは一味違う存在です。
むかしは違ったからこその今なのかもしれませんが、
この方は弱いところをこちらには一切見せてくれません。
そんなお母さんの自慢情報の嵐を受けていたら、
あの優しい女性は自宅に戻ってから泣いてしまうのではないかと妄想が働いてきてしまいました。
ついついやってしまう患者さんこれじゃ減るよ事件。
毒舌気味で超強力なお母さんには今までは誰も何も言わず嵐が通りすぎるのを待つばかりでした。
でもこの時だけは私はとち狂っていたのだと思います。
あのがむしゃらお母さんに注意をしたのです。
「お母さん。みんなお母さんのように順風満帆な人ばかりではないのです。
そんなに自分のことばかり大声でお話ししないでもらえませんか?」
もっと厳しく言ってしまったかもしれません。
もうそのことで「そんなこと言われるんでしたら、もうこちらにきません。
お世話になりました。」と灰色寿限無みたいな顔をして出ていかれてしまいました。
高齢化で元気な人であればいいというのは肉体面だけです。
人生のどこかで嵐にも負けずに来れた根性は見上げたものですが、
他の人の気持ちをくみ取る細やかさが失われてしまいます。
人の気持ちを察するやさしさがないのです。
お互いによく頑張ったねと励まし合うことができないのです。
自分が自分がで来たからこその栄冠をいくつも手にされてはいます。
あえば機関銃でずばばばばっと攻撃されてしまうのであれば、
仲良くなるのは難しい。
あっ、そういう人ほど権力者にはニコニコ笑顔ですね。
こちらが心配することではありませんでした。
脛に傷を持つ私自身も元気すぎるお母さんには今まで屈してきていましたが、
今日はとうとうやってしまいました。
行動変容を学ばなければならないのはこの私です。
山の中に往診に行った帰りの野草です。
我さきに日の当たる場所を追い求めて蔓が絡まり合っていました。
その先にある百花繚乱なのだなとしみじみ見つめながら写真を撮りました。