自分への愛情のかけ方

生活の知恵的な体調管理

いつだって雲の上には太陽がある

今日は訳あって上京してます。

 

昨夜暴風雪情報の中地元を飛びたちました。

 

どんなに風が吹いていてもタイミング次第で飛行が可能なのです。

ありがたい事です。

 

私の田舎は半年まではいかなくても、

冬季はほとんど灰色の空です。

 

関西から嫁に来た母がいつもいつも愚痴りました。

 

「東京だったら今頃お天気なのにね。」

だからいつも寒い冬が来る前の秋が嫌いでした。

 

地元で育った私は秋が一番好きでした。

 

きれいなお花がたくさん咲いてくれます。

 

太陽なんか出ていなくても楽しいものは楽しいのにと思っていました。

 

でも今日改めて太陽の光の強さ、恵まれた天候のもとで、

それが前提で生きる人とそれが前提でない人では生活の質がかなり違う事を感じます。

 

前提が整えられている場合はイケイケどんどんで進むことがいつでも可能です。

 

整えられていない場合はその不足分を常に補充していかなければなりません。

 

自分が移動してしまえば問題ない事なのですが、

身軽でなければできません。

 

ただすべてには裏表があります。

 

北国の人間が少々の雨風雪にはびくともしないように、

困難な時に培われるものが必ずあります。

 

 

 

両天秤にかけてそれでもこちらを選ぶとしての行動の選択を常にしていかねばならないのだと思います。

 

目の前の事を自分の思う通りでないからと言って嘆いていた母のようにはなりたくありません。

 

つい最近までその手法を取り入れていたから楽しくなかったのです。

 

自分の考え方次第でなんとでもなると前提を変えていくしか、

困難の時は明る生きてはいけません。

 

困難を乗り越えて生きてきたはずの母ですが、

味方の少ない嫁ぎ先で考え方も悲観的になったのだと思います。

 

夫は仕事と趣味といつでもなんでも愛想よく対応する従業員に取られてしまいました。

台所のガス台にも難癖付ける夫です。(火力の強いコンロに変えて中国料理の材料を全部用意させて調理だけするという男の料理が大好きパターン)

嫌になりますよね。

テレビを見れば好みの女子アナの誉め言葉ばかり。

心温めるコミュニケーションなんてほとんどありません。

 

喧嘩をしないように努力するだけでは仲良くなることは難しいけど、

その世代は男尊女卑が当たり前。

 

子供の私はあきらめ半分頭の中で理想の家庭を妄想していました。

ないものねだりというものです。

 

昭和一けたの女性にとって家を出されたらもっと過酷な人生が待ち構えていたかもしれません。

でも見ただけではわからない夫婦間の愛情がなければ、

病床の母を最期まで介護できなかったと思います。

 

 

孤立して子供だけが頼りだったのに、

子供は言うことを聞かずせっかく用意したお見合いもすっぽかすし、

運転中に考え事をして死にそうな目にもあいました。

 

友人には相談をしたようですが、

娘の悪口をかなりいいまくりストレス発散できていたら良かったです。

 

冬なのに暖かい太陽の光が差し込んでくる窓の近くで、

冬の太陽を求めていた母のことをかいてしまいました。