自分への愛情のかけ方

生活の知恵的な体調管理

戦って20年(嫁姑問題の弊害)

北朝鮮がらみの物騒なニュースが飛び交いますが、

こちらは家庭内での戦いの弊害です。

 

今現在は足の力が弱くなって家族に頼りきりのお母さん。

それは昔昔大切に大切に育てられたお嬢さんでした。

嫁ぎ先になじめなかったのかもしれません。

孤立したまま年を重ねてしまいました。

 

田舎はよそ者が来るとまず反応を見るのかどうか、

いじめからかいがありました。

 

私の母もよそ者なのでわかります。

 

「どこの馬の骨がきたんだ。」とか、

「化粧して男だましたのか?」とか。

きちんとした大の大人がお嫁に来たばかりで右往左往している

20代の女性に言う言葉でしょうか。

 

家族にはやさしいけれど、

見ず知らずの他人には、特に利害の対立がある場合は、容赦ありません。

(身体は大人でも精神は小学生以下。)

 

そんな中、幼少時から流れ弾かいくぐってきた自負がある私です。

 

さてそのお宅も最初は我慢していたお嫁さんが、

体調も悪いためお母さんのわがままを聞いていられない状態になりました。

 

二人だけだと陰鬱~物騒な空気になりやすいため、

第三者たる私が往診(転んで腰痛があったため)にお邪魔します。

 

お母さんを診察すると、

確か腰が痛いはずなのに自分で起き上がれます。

 

脊椎を打診しても痛みはありません。

骨折なし。

「お母さん、骨は折れていないよ。」と声掛けするけど、

への字口のまま。

 

「面倒かけて迷惑かけていくなら生きていたくない。

早く死にたい。」。。。。。

 

「口を開けば死にたい、死にたいって。聞いてるほうの立場にもなってください。」

 

「嫁としてできることはご飯を作ってあげることと、洗濯や、掃除やお母さんのみの回りのこと最低限ちゃんとしてあげるけど、

今まで相談したりお話ししたくても、

つれない、拗ねたお返事ばかりであったから私はもうお話しを聞きたくありません。」

 

ひとしきり二人の銃撃戦の中にたたずみました。

 

少し落ち着いたところで、

 

心屋さんの歌を引っ張り出してきました。

みんなお母さんやお嫁さんだけ悩んでるのでないよ。

今こんな歌うたってる人もいてね。とかなんとか。

(ほんとは難波花月のパンツミー見せたかったけどそこまで、

空気が軽くならず。)

田舎でスマホ持ってるのは30代前半から。

ガラパゴス

スマホで目の前の現実以外の、

別の世界とつながり空気が変わるのに、

むずかしいから、

高いからなんだかんだ言い訳の山で持とうとしません。

 

♪よーく、頑張ったね。よーく、我慢したね。♪のアレをながしてみました。

 

とにかく頑なになってしまったお母さんとお嫁さんの心をほぐさねばなりませんから、

スマホで魔術師になりました。

 

でも聞き耳持たず。

お嫁さんは銃撃戦を続けます。

 

お母さんは二人の時には言わないごめんなさいをいいました。

 

おかあさんは80代だけど心の中はお嫁に来た当時、

たぶんいじめられたり悪く言われたり、

孤立する原因になったことを抱えたままのお嬢さん。

 

お母さんに「お嬢さんで自分がみっともなくなるの嫌なんだよね。」と聞いてみたら、

うつむいていた顔をあげてくれました。

 

「今もその頑なさだと日常生活をのんびり過ごすにはハードル高すぎだよ。」

「私なんかお嬢様でない。ただの百姓の娘だ。」

「大きなお百姓さんの娘さんで、旦那さんに恋われてお嫁さんに来たんでしょ。」

 

色いろそんなことを話しているうちに、

お顔が上に向いてきました。

「お母さん、腰も大丈夫だし、明日DS行ってきてね。」

「はい。わかりました。」

 

死にたいということしか考えられなくなるような環境の淀み。

何とか流れがよくなるように、

新鮮な空気が流れるように導くだけで悲しみが少なくなります。

 

田舎に住む人はガラケーでなくスマホが必需品です。

戦いを終わらせる一つになってくれます。