自分への愛情のかけ方

生活の知恵的な体調管理

親戚付き合いとストレス

春のお祭りが近づいてきて、

子供のころのように少し気分がそわそわしてきます。

4月は新しい環境に飛び込む方も多くなるし、

気分は高揚のはずですが、

 

我が家ではめでたきことはここしばらく訪れることなく、

地味に季節の移り変わりを楽しむレベル。

 

そんな折、遠い親戚の伯母より電話あり。

法事に参加するかどうかの確認。

いろいろ話して最後に一発、「今回はこんとき。」

(来るなという関西弁)

うーん。素晴らしい。

 

誘い水かけておいて専制攻撃で仕留めました。

ぐうの音も出なかった。

 

以前ならこのようなシーンのあとは、

心が割れて2,3時間はぐるぐる心が乱れて、

おろおろ泣いて一人ヒロイン。

あと何かにブツケテたなあ。(アー恥ずかし)

 

今回は、

一応ニュートラルで現実をとらえる練習が効いて、

すぐに大笑いすることができました。

あちらに不幸の塊が出向いても、

話しに花が咲かないし、迷惑なだけなのは重々承知なのです。

 

だからこれをきっかけに、物物の贈り物は継続するけれど、

そんなに移動してまで親戚付き合いをしなくてもいいレベルになった(なってしまった)ということです。

かえってありがたいのかもしれません。

 

近所にそれこそ山のように親戚が住んでいる場合と比べれば、

大事の時には少しは困るかもしれないけど、

今は冠婚葬祭を全部仕切ってもらえるところもあるし、

日頃大事に至らないように気を付けていけば大丈夫。

 

しかし、

いつになっても伯母さんとの関係は小さいころのままで、

少しでも気に合わないことをすればこんな風にされてしまう自分の立ち位置が悲しい。

 

母が妹としての立場を十二分に活用して、

実家から遠く離れた場所での人生をやりくりしてきた分、

その子供には風当たりが強いです。

 

いつまで甘えるんかいという感じの対応。

 

ただ久しぶりの電話だからうれしくってお話ししただけなのに。

 

全くの他人とお話するときは、一応心構えというものがあるけれど、

むかし親切にしてもらった人に、

時間たっていつもと同じように接しても昔のようにはいかないということを忘れがち。

 

おばさんだっていろんな事経験してきているのだし、

私には見えないところで大変なこともあるのかもしれない。

まだ今日はいい方。

 

夫が亡くなって、ドツボの時に救いを求めたときは、

不幸のもとは近寄らないで的に電話を切られたのだから。

 

そのおかげにこんなに強くなれたのだから。

 

その時はとてもつらくて悔しくても、

そんなことがなければ甘える一方の人間で今もうじうじしていただろうし。

 

伯母さん、きつい愛情ありがとうです。

 

ストレスもこんな風に、時がたつとパンチの効いた調味料になってくれます。

 

ほんと強くなった。(笑)