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自分への愛情のかけ方

生活の知恵的な体調管理

筋トレのあとに栄養補助食品

一人暮らしだと冬の間外出する機会がへりがちです。

 

ある方は、

「この間自宅で転んで、三日間その場を動けなかった。」と、

さらりと言われました。

 

腰が痛くて転びやすくなった原因は、

巻きストーブのまき割りです。

 

たまたま手の届くところにに水と食料があったから良かったものの三日間動けずに、どれだけ不安であったでしょう。

 

平気な顔して言われますが、

もうそれを聞いたからにはほっとくわけにはいきません。

 

昨年春から、二週間に一度筋トレ指導で自宅訪問してもらうようになりました。

 

冬場は暖かいところに住んでいる子供さんのお家にかえるのですが、

今年は「大丈夫だ。」と言われます。

 

この方のリハビリ、筋トレ指導の書類作成する際に、

筋トレリハ指導の係りの方が、訪問したときに、

運動のちに栄養補助食品を一つ食べるか飲むかしてもらうようにお願いしてみました。

 

運動直後にタンパク質、アミノ酸を摂取することで、

少しずつですが、筋肉量の増加が認められるそうです。

 

ボディビルダーや、マラソンランナーの方にとっては常識レベルと思いますが、

お年寄りで筋トレ必要な方は、

筋トレする前に栄養が十分に取られているかを確認しなければいけません。

 

栄養不足の状態で運動することで、体調を崩してしまう原因になります。

 

銭湯上がりのコーヒー牛乳ぐらいに、

筋トレ後のアミノ酸飲料が普通になって、

しっかり筋肉ついてほしいです。

 

 

 

 

インフルエンザ再流行?

クロッカスの黄色と紫色のはなが見ごろとなりました。

川辺の猫柳も銀色です。

 

朝夕が、まだまだ寒いのと3月の行事で忙しいのとで、

インフルエンザが再び増えてきています。

 

卒業式を控えて昨日から38度台という男の子たちが二人。

家族は何とか写真を撮る時だけでもと願っていますが、

「基本自宅安静です。

 インフルエンザに罹った人は感染源となります。」

と説明するしか仕方ありません。

 

今からの流行だと来期のワクチンの心配が少し。

 

2016-2017のワクチン株は昨年2月頃まで流行したウイルスの中から選択されるそうです。

 

5月頃からワクチンは製造されて10月にやっと間に合う自転車操業

 

3月以降に大きなウイルスの変異が起こると、流行する株とワクチン製造に使用した株とでずれが起こりやすくなるそうです。

 

これから再流行となると変異を起こしやすいかもしれません。

 

去年から今年にかけてのワクチン接種した人は、大当たりでした。

 

インフルエンザに残念ながら罹った場合でも、

日常の体調管理をしっかりされていた方は、

それほど高熱もでず、少し身体がだるくなったり、

頭痛がしたりと症状が軽くて済みました。

 

子供たちはしっかり休めばすぐに元気になりますが、

お年寄りは、きちんと水分が普段から飲めているか、

飲み込むことに問題がないかどうかで、

高熱を出した場合は違ってきます。

 

昨夕から38度台の熱発が見られたおばあちゃんは、

水分をごくごく飲むことができません。

 

病気のために、誤嚥しやすく、いつもは葛湯状態の水分を取られています。

 

38度台が二日続くとかなりのダメージが起こりやすいです。

 

不整脈(心房細動)や、

脳梗塞による後遺症がある方(特に嚥下障害)は、

解熱剤で熱を下げるだけで、

水分を十分に取れないと脱水が進み二次的トラブルを起こしてきます。

 

熱を下げても、経口で水分を十分に取れない場合は、

点滴による水分補給が必要です。

 

前に書いた何でもない教のおじさんも動けなくなってから、

高熱確認されてました。

 

自分から異常や具合の悪さを訴えられない方の体温測定は、

意外と大切です。

 

体温計救急箱に1本入ってますか?

 

 

日記帳の裏のメモ

こんなことも書きうつしてました。(覚書のための書き込み)

内なるブラックホール(本の題名は不明です)

 

第11章「生命にごまかしはない」

 

1.私たちは堅い物質からではなく、波動によって構成されていること。

 

2、私たちが事物や出来事と呼んでいるものは、基本的にこれらの波動の関係の集束である事。

 

3、私たち一人一人は、全宇宙の中で独自のアイデンティティをもっていること。そしてこのアイデンティティは、個別な波動関数としてあらわされること。

 

4、矛盾しているようだが、私たち一人一人は同時に宇宙のホロイドであり、過去、現在、未来の一部に関する普遍的な情報を内包していること。

 

5、私たちは未来に関する知識をつかむことはできないが、それは単に宇宙が、まさにその本質ゆえに、予知できない情報、真の新しさを常に創造し続けているからである事。しかもその新しい情報の目指すものは、より高度な形態への進化にある事。

 

6、私たち一人一人は本質的にコンテクストであって、特定の観点から見た宇宙の情報を織り合わせたものである事。

 

7、完全なリズムと呼べるものが逆説的な相互関係ーつまり、私たち一人一人のコンテクストにおけるアイデェンティティとホロノミーの間にある静かなパルスーの中に常に存在していること。

そして、習慣や言語や自我(エゴ)を超えて、私たちはこの完全なリズムを直接経験できること。

 

8、意志、すなわちアイデンティティのベクトルは、私たち一人一人という宇宙が持つ本質的な一要素である事。そしてその意志を通じて、この宇宙に対し超常的な影響を及ぼすことが可能である事。

 

9、潜在的に、私たちはすべてを知っていること。

 

可愛いおじさん

久しぶりの受診です。

この方とはお酒が原因の傷を手当てしたときからのご縁です。

 

むかしながらの漁師さんですが、

いまはもう引退しています。

 

訛りの強い話し方と風貌にはそぐわない、ほんとは女子じゃないの?と思えるくらいやさしい気持ちがある方です。

こまやかなんです。

 

でもキチンと毎日のお薬は内服できません。

 

月末に薬が切れそうな患者さんは電話で確認してもらいます。

 

なかなか電話に出られない。

まだ残薬あり。

というお返事ばかりで、今日はなんと3か月振りの受診。

 

体重が4キロ減っています。

 

「冬の間、こたつに入ってごろごろしてた。

日本酒は3日に一升ぐらいのんでた。」

「はい、そうですか。(やや怒)」

 

もちろん食欲もありません。

仕事をバリバリしていたころより、食事の量が減り、

三食はきちんととれていません。

ここまで歩くのもやっとの状態です。

実は奥さんから相談をされていました。

仕事を辞めてから、うちの中にばかりいて歩けなくなった。

昼間からお酒ばかり飲んでいる。

私が注意しても怒られるだけなのだと。

 

今日は少し寒いけど久しぶりにお天気。

ガンバって歩いてきてくれたのでしょう。

 

食事内容のチェックとともに、

栄養補助食品の利用法などすぐに忘れてしまうかもしれないけど、お話ししました。

 

男性で外側はキチンとした男性風でも、

中身が実は純粋で、現代の女子よりもこまやかな場合、

男社会で生きてくるのは大変であっただろうなと思います。

 

一人海に出ての仕事で、うまくごまかされたのかもしれません。

海に逃げることができなくなり、陸の上で友はアルコールなんて良くない。悲しすぎます。

 

不器用すぎて奥さんが大事にしているおじさんにも、

栄養補助食品時々取るように話しました。

 

もう開口一番「肉はたべない。」ですからね。

まともに相手にするとこちらがやられます。

 

久しぶりにお話しをして、嬉しかったことを伝えました。

病気に関しては頓珍漢なんですけれど、

中身がとても女の子すぎるやさしすぎる。

 

男性でもこういう方がいらっしゃるのです。

本物の女性としては反省するばかりです。

 

 

 

 

20年前に書いたこと

断捨離掃除をしていたら、昔の日記。

手を止めて読みだすと、なんと。

 

「意識というものは自分の鏡のようなもの。

意識の中にあるものはそのまま実現される。

同じエネルギーが天才を作り、犯罪者を作る。

聖者は裁かない。

聖者はかつて在ったもの、将来あるものすべてだから。」

 

こんなこと考えていたんだ状態。

なぜこの道をまっすぐ進まずに曲がりくねった道を進んでしまったのか?

 

現実にとらわれすぎた?

自分の居場所作りができないまま、人生の荒波に翻弄された?

 

しがみつくことしかできなかった。

 

その時の私はきちんと考えること避け目の前にことに集中。

とにかく仕事は頑張りましたよ。

子育てはその次後回し。

 

家族が立て続けになくなって、

子供二人を抱えて、協力してもらえると甘んじていたところに、

母の生前から父の愛人気取りの従業員の存在。

 

私の被害妄想が作り出したバーチャル世界であったかもしれません。父からは、いつも「被害妄想だっ。」と言われてました。

 

嫌味にも笑顔でにっこり答えることができるようになって、

十数年バトルに費やしてきてしまいました。

 

大バカであったと思います。

 

日記の裏に書いた言葉はその当時、頭でわかっていても、

実感が伴わなかった言葉。

 

早くに人生にとっての宝物を見つけ出していても、

大事にしていく覚悟や、精神の成熟度が伴わなければ、

それに見合う現実を用意されるのかもしれません。

まじめに考えすぎて苦労を呼び寄せたのかもしれません。

 

その時苦しくても、悲しくても、情けなくても。

ほんとみじめでも。

その状態を作り出している自分の心を確認していくしか、

確かな改善方法は生まれません。

その状態(嫌な)を経験しなければ具体的な、

その対応策も生まれません。

 

おバカのためいらぬ苦労をたくさんしたけど、

そのために得ることもあるのだ。

 

開き直るしかありませんが、

自分をほめてあげられるのは自分しかいません。

 

悟りたくていろんな事書いてた上滑りなむかしの自分より、

少し自由でいることもできるようになります。

 

どん底の時は、自分のことを振り返る時間もなし、

相談できるところもなし。

ないない状態。

リラックスして自分が楽しいと思えることをして、

(感情、感覚を大事にする。客観的に見て大事だからとかよりも)

大事に自分を扱うことが人生を有意義に過ごすことにもつながります。

これからはもうそれしかしないことに決めていますが、

感情の嵐は恐れずに、

もう一人の自分が少し離れたところで眺めるように、

心の余裕をもっていけたらいいなと思います。

 

 

 

 

 

ADHD判断テスト

5年以上前になります。

 

長男が協調性がないということで、

小、中と当たり前のようにいじめを受けました。

 

いじめをしている子の家族を診察している身としては、

仕事と家庭とでの気持ちのバランスの置き所が難しかったです。

 

相談したくて細かくお手紙を書けば、

モンスターとみなされました。

 

若い担当の先生は、忙しいこともあり、

表面的な対応。

授業参観では倫理でいじめとは?べたなダメ出し。

 

学校で人気ものになるのは、手間がかかるけれど、

感情がはっきりしているトラブルメーカー。ボス。

 

死ななければいいと最低ラインを決めて毎日を過ごしていました。

その頃の私はまだ外からの評価を大事にしていたため、

自分のやってきたことを少しでもできるように、

子供に安心感を与える母親ではなく、

心配からあれこれ動いてしまう人間でした。

 

でもそのことで、自分自身変わらないと外部に簡単にダメにされる、やられてしまうと思ったことがあります。

 

高校入試前に言われた義務教育終了前に受けたほうがいいと言われたADHD判定テスト。

 

県内唯一の国立の教授が時々来られて、

問題がありそうな子供の作品(絵や作文)をみて、

一度検査受けてみたらと促すそうです。

 

その頃の長男は、学校内で孤立し、

毎日よくわからない言いがかりをつけられて、

いじられては、ケンカに引きづりこまれるという毎日。

 

もちろん先生の前ではされません。

先生もその子が怖いから、見てみぬふりです。

毎日ナイフの絵をかいていました。

黒魔術の本も買っていました。

 

ADHDと診断が付けばすべて丸く収まるかのように、興奮してテスト受けるように勧める先生二人を目の前に、本当にどうなの受けることになりました。

 

心を決めて受けた後のフォロー。

可能性として高い域にあると。でも確定ではない。

グレーゾーン。

 

県庁所在地まで月一回フォローの講習会に参加することになりました。

 

嫌がる息子を必要なのだと言い聞かせ車の中で半分ケンカしながらの通いです。

講習会に参加するのは皆小学生。

息子はしぶしぶですが、何とか送り込みました。

 

ある時、息子のための洋服を途中で買い込むために、

朝早く出たことが気に入らないと、

担当の先生の講習会の受講拒否。

 

そうしたらもうはいさよなら状態。

せっかく仲良しになったお母さんにたださよなら言いたかっただけなのにすでにあとずさり状態です。

あなたはもう仲間ではないというしるし。

 

何処に行ってもはぐれもの。

 

必要ではないかといわれ勧められて、参加しました。

でも本人がいやならそこで終わり。

はい、さようなら。

 

これって何?

もし医療の場であればこんな風に突き放したりしない。できない。

お互い不幸にならないようにきちんと筋道見せてさよならするよと思いながら、

糸の切れた風船みたいになって帰宅したことを覚えています。

 

子供の未来を左右する立ち位置や権力を手にされながら、その位置にそぐわないあり方に疑問を覚えました。

 

私がモンスターであったから?

私が医者で子供をコントロールしようとしていたから?

公務員の世界では考えられないトラブルを招く可能性がある存在だから?

こんな目にあうの悲劇のヒロインになって悩みました。

 

でもこんなことでも今になれば、

ブログのネタにできます。

 

今振り返ればあの時の疎外感や、悲しみが、

自分らしく生きていくことをもっとやらなければだめだよ言ってくれたように思います。

息子も好きなこと一応してます。

だからありがとうなのです。

 

 

あの時の若い先生に、「先生のお子さんもいじめられたら今の私の気持ちがわかるのではないですか?」と毒を吐いてしまいましたが、怖かっただろーな。

 

アリ地獄

病院勤務の後、今のところで仕事を開始したばかりのことです。

患者さんがいつ来るかわからないからと、

日常生活の効率化を図り、

すぐに出動じゃないけどそんな気持ちでかまえていたことがあります。

 

よーく考えれば、病院と田舎の診療所では、

来る層(いわゆるターゲット)が違うのに、

いらぬ行動の上塗りみたいなことをしていました。

 

そんなことを続けてあるとき、

気が付いたことがありました。

 

午前中元気バリバリ状態の時に会える方は、

どちらかといえば、(時間が自由な方が前提になりますが)

まじめに薬は内服されていて、

自宅でも血圧測定したりできている方が多いです。

 

反対に、夕方ぎりぎり、午後3時過ぎ、なんとなく中途半端な時間帯に見える方は、

 

うるさく言われたくない人が多い。

脛に傷持つ方も多い。

 

薬だけもらえればいいんだ的なひと。

 

仕事の関係で来れない人は仕方がありません。

 

そのため、

遠隔診療も併設してみましたが、

対象者の方はスマホを使えないという事実が障壁になります。

 

病院で働いていた時は思いもつかない、

いつ来るかわからない患者さんをアリ地獄のように待つのは、

集中力が途切れました。

 

何のためにこうしているんだと、

思い始めたこともありました。

 

もっと自分のために生きていれば良かったのですが、

他人軸で生きてきたためにぶつかった壁でした。

 

そこから発展して現在。

 

近所だからしぶしぶもらいに来てやってるという協力体勢を持つことができない方には、

お互いに人生の貴重な時間を共有するには残念なので、

その方がよしとする先生のところで見て頂くよう誘導し、

人数は減るけれど、過疎地で生きるべく自己管理する必要性について理解してもらえる方と協力していくようにしました。

 

協力的な方は、困ったことがあると、

すぐ相談してくれるため、対応がすばやくできます。

 

おもいもよらない問題が新たに発生しても、

協力して解決することが可能です。